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長崎家庭裁判所島原支部 平成7年(家)307号

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  本件申立ての趣旨及び理由は、

(一)  不在者は、後記危難に遭うまで、前記最後の住所地において、妻えみ子、長女正子(平成5年1月25日生)、長男英一(平成6年2月1日生)、申立人である父親夫婦と同居し、○○港を基地とする漁船○○丸(19トン、船長ほか4名乗組)の漁船員として、東シナ海での魚撈に従事していた。

(二)  同人は、平成6年2月24日午後6時ころ、○○丸が停泊していた○○魚市場岸壁の製氷会社付近から他の乗組員らとともに上陸し、飲酒遊興した後、翌25日午前2時ころ他の乗組員1名とともに右岸壁まで戻ってきたものの、帰船せず、そのまま行方不明になった。

(三)  不在者は、ともに帰ってきた乗組員に続いて乗船しようとして、夜間酔余のあまり乗降階段から足を滑らせるかなどして海中に転落したものと思われる。

(四)   以上によれば、不在者は海中への転落という死亡の原因たるべき危難に遭遇し、その後生死が1年間分明でないから、不在者に対し、失踪の宣告を求める。というものである。

2  検討するに、前記1(一)の事実は一件記録により十分認められるところ、記録中の各証拠を総合すると不在者が所在不明になる前後の状況は以下のとおりである。

(一)  ○○丸は、平成6年(以下、年を略す)2月24日午前1時ころ漁から戻り、○○漁港近くの岸壁に接岸し、同日午前8時30分ころから午後5時過ぎころまで乗組員全員で網の修理をし、その後乗組員らは係留場近くの銭湯で入浴し、その後食事をした。食事後帰船した1名を除く4名は長崎市○○町所在のスナックに飲みに出かけ、飲酒歓談した後、船長と船員1名は翌25日午前2時ころ右スナックを出て帰船し、不在者と残りの船員1名(坂口哲太・21歳。以下「坂口」という)とは午前2時40分ころ同スナックを出てタクシーで○○丸に向かった。不在者はそれまでにビール1本、焼酎約1.5合、水割り10杯位を飲んでおり、かなり酔った状態であった。不在者は特に同僚とのトラブルはなく、スナックでも陽気に振る舞っていた。

(二)  不在者と坂口とは○○丸の係留場所付近で降車し、坂口は船の乗降梯子(鉄製7段、長さ1.75メートル、幅0.399メートル)まで来たところ、不在者は逆方向に岸壁を歩いていたので声をかけ、同人から先に乗船して船室に入った。ところが1分ほど経っても不在者は戻らなかったので、坂口は岸壁付近を探してみたものの不在者を発見することができず、不在者は前記スナックに忘れ物(UFOキャッチャーの景品)を取りに戻ったものと推測して、そのまま船に戻って仮眠した。なお、そのころは大潮の干潮時であったので、○○丸の乗降梯子はかなり急な状態で立っていたが、現場の岸壁付近には水銀灯が設置してあり明るかった

(三)  ところが、不在者は翌朝になっても船に戻っていなかったので、坂口は同日午前5時ころ船長にそのことを伝え、荷揚げの終わった午前7時ころから乗組員全員で岸壁付近を探したものの発見することができず、○○派出所に届け出た。

(四)  右届出を受けて、○○警察署から警察官数名が2月25日から5日間、県機動隊がアクアラング、水中ロボを使用して3日間、○○丸の属していた○○漁協が民間潜水夫も含め5日間、それぞれ捜索を行ったが、不在者を発見することはできなかった。ただ、2月25日午前9時50分ころ、○○丸の係留場所から150メートル先の海上に茶色ゴム製サンダル片方が浮いているのが発見され、不在者の父母により同人が家を出るときに履いていたものであると確認された(ただし、発見されたサンダルに何らかの特徴があった事実は証拠上特に窺われないから、これを不在者のものと断定するだけの根拠には欠ける)。

(五)  前記所在不明になった際の不在者の人相等は、身長160センチメートル、やせ型、黒色防寒服とGパンを着用しており、糖尿病に罹患していて健康状態は良好ではなかった。不在者の月収は月30万から40万であり、家族はその収入で生計を立てていた。夫婦間の折合いは良好で、負債はなかった。

3  申立人は、

①  不在者には行方をくらまさなければならないだけの理由は見当たらず、とりわけその約1ヶ月前に妻が長男を出産しており、このような幼い子供を残して逐電することは考え難く、何らかの危難に遭遇したことが疑われること

②  前記2(一)(二)のとおり、不在者はかなり酔っていたうえ、当時は干潮のため岸壁と船の甲板の高低差がかなりあったから、不在者が帰船しようとして、誤って梯子から足を滑らせるなどした可能性は十分考えられること

③  前記2(三)のとおり、係留場所近くの海面に不在者の物と覚しいサンダルが浮いていたことも右推測を裏付けるものであること

などを指摘して、不在者が帰船に際し乗降梯子から誤って足を滑らせるか岸壁から転落するなどして、海中に転落した可能性が高い旨主張する。

しかしながら、指摘に係る事実は確かに認められるものの、直接不在者が海中に転落した事実を証するものとはいえないうえ、前記2で認定した事実を子細に検討すると、以下のように、不在者が海中に転落したという所論主張の事実とは必ずしも合致しないか却ってこれと矛盾抵触すると思われるものも少なからず認められる。すなわち、

④  不在者が帰船した際の態度は、先行の乗組員に続いて直ちに乗船しようとするものではなかったとも受け取れること

⑤  所論主張のとおり不在者が海中に転落したものとすると、その場所は○○丸の近くで、乗組員中少なくとも坂口は起きていたはずであるのに、不在者の転落音や悲鳴を聞いた者がいないこと

⑥  警察当局や所属漁協によって海中を含めた大規模な捜索がなされたにも関わらず、不在者の死体や片方のサンダル以外の遺留品が発見されていないこと(もっとも、捜索は防波堤のテトラポットまでは及ばなかったので、捜索が開始されるまでに同所の隙間に死体が流されたものとすれば発見されないこともあり得る)

である。ちなみに、捜索に当たった警察官の聞込みによれば、不在者が飲酒したスナックで、不在者が所在不明になった日の未明ころ、表戸をたたくような音がしたことが認められるのであって、これが不在者によるものであるのかどうかまでは明らかではないものの、仮にそうであったものとすると、前記坂口の推測した不在者の行動とは一致していることになる。

以上を総合すると、確かに不在者が帰船に際し海中に誤って転落した可能性があることは明らかであるものの、これを裏付けると思われる事実は必ずしも決定的なものとはいえず、別の理由により所在をくらましあるいは全く別個の原因により帰船することができなくなったという可能性を証拠上排斥することは困難である。

したがって、不在者はいったん坂口と共に○○丸が接岸している岸壁に戻ってきたものの、同人に続いて乗降梯子を伝って帰船しようとしたかどうかは明らかではなく、その後の足取りは不明であると評価される。

4  そうすると、不在者が海中に転落したかどうかが不明である以上、危難に遭遇したことの証明がないことに帰するから、本件申立ては失当であり却下を免れない。

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